日々一会(ひびいちえ)

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help リーダーに追加 RSS C型肝炎闘病記(2)

<<   作成日時 : 2008/04/02 09:45   >>

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闘病記(1)に続き、3月10日から26日まで東京のTM病院に

入院して行った手術の内容について書きます。



*3月10日(月曜) 入院

  病室に入り、病棟の担当医、看護士長から簡単な話があり

  ました。

病室で出た食事です。

  
画像


*3月11日(火曜)

  手術前日。採血と腹部エコーの検査。

  夕方主治医の先生が来られ明日の手術の詳細について

  説がありました。

  カテーテルを入れる時に凄く稀ですが、動脈を突き破る事が

  あるかもとか、手術した脾臓がうみをもって結果的に摘出になる

  とか、ほとんど確率が1%もないようなことを言うものなんですね。
 
  これが、インフォーム・ド・コンセプトなんですね。
 
  勿論よろしくお願いしますと、お頼みしました。

  さすがに、後で、これをやって良かったのかな?
 
  と悩みましたが、完治するために選んだことだから、もうやる

  しかないと、腹は決まりました。


*3月12日(水曜)

  脾臓の動脈の部分塞栓手術(Partialy Splenic Embolization)  

  通称PSEの手術を受けました。(13:30〜16:30)

  始めての経験でした。

  手術服に着替えてストレッチゃーに乗せられ手術室に向かう

  時は当たり前だけど、廊下の天井の蛍光灯しか見えないもの

  なのですね。
 
  ドーム状のレントゲン装置のある、手術室は浮遊細菌数を落

  とすためか、部屋の暖房が効いておらず、そこの手術台に移り

  裸にさせられたら、寒さと緊張で、震えてしまいました。
 
  寒いと行ったら、足元にあんかを二ついれてくれました。
 
  それから直ぐに右そけい部に、局部麻酔して、カテーテルと

  いう中が中空になった細い管を入れて始まりましたが、

  私から見えるのはエックス線を出す丸いヘッドと、こつこつと

  刻む壁時計だけ。
  
  実は病室に居る時に、写真を撮るために、20秒とか、30秒

  の息停めがあると、聞いていたので、腕時計を見て息停め

  を何回もやっていました。

  その訓練と壁時計のお陰で、約2時間半の手術の間に20

  数回あつたかしら、その本番はうまく乗り越えることが、出来ま

  した。
 
  私が出来るのはそれくらいで、足元の方で、先生がごそごそ

  やっているくらいしか、何も分からないのです。
  
  時々主治医が、大丈夫ですかとか、今このくらい進んでいま

  すよ、と声をかけて下さる程度でしたが、それがすごく助かり

  ました。

  ようやく終わり、先生の手でつけねを押さえて止血が15分間

  あって、丁度3時間後に病室に戻り、待っていた娘の顔を見

  たらホッとしました。

  こうして、手術は無事終了しました。

  病室では 右足をベッドに固定され、早目に寝たのですが、

  途中から腹が痛くなり、痛み止めを点滴に入れて少しは、

  治まりましたがその内に我慢出来なくなり、夜勤の看護士

  さんに言ったら、強い薬に変更してくれたんですが、今度は

  強すぎて朦朧として来て、これはヤバイと思いました。

  体は疲れているので、うつら、うつらして、後もう一回痛み止め

  を入れ直したりして、今度は具合い良くて、痛みもだいぶん

  治まり、なんとか、朝を迎えました。

* 3月13日(木曜)

  朝は服を着替え、点滴などを取り、ようやく自由の身になり、

  朝ご飯を軽くたべて、あとはゆっくり眠りました。

  その後、体温が7度5分。

  部長回診の時に熱が出るのはこれからですと、かまされ

  ました。
  
  一喜一憂せず、暫くはおとなしくするしかないと思いました。

*3月14日(金曜)
 
  体温はやはり7度5分程度、このくらいで済んでくれれば

  いいのだけど。

*3月15日(土曜)

  朝から熱が平熱になりやれやれしました。

  気分も良く、見舞いに訪れた友人とも普通に会話して
  
  いました。
 
  しかし、その後夕方から寒気が始まり、これは発熱だと分かった

  ので看護士さんに掛け布団を1枚増やしてもらいました。

  そして体温は一気に39度へ。夜になって解熱の座薬を使用も

  5分程度下がるもまた上がる。

*3月16日(日曜)
 
  昨日から高い熱と体の痛さに見舞われています。

  脾臓に入る動脈の一部を塞ぐ訳だから、この程度は想定内

  のことだそうです。壊死する組織が熱を放出するのだそうです。

  死にかけた組織があげている断末魔の悲鳴みたいなもの
  
  でしょうか。

  順調に見えていたのはあくまで、序の口。

  我慢比べはまだ始まったばかりでした。

  16日は2回解熱の座薬を使うも効果なし。

*3月17日(月曜)

  朝座薬使用。

  PM3時にお願いして飲み薬タイプの解熱剤を飲む。

  これが凄く効いて、一気に平熱(35.8℃)へ下がる。

  あとで気がついたら全身に湿疹が出てしまいました。

  薬疹です。

  飲み薬は「ロキソニン」という一般的な解熱剤。

  でも熱が下がった効果のほうが有り難いです。

*3月18日(火曜)

  熱は37℃〜37.8℃

  38℃を超えたら、今度は「カロナール」という解熱剤に

  変えることになっていましたが、使うことはありません

  でした。

*3月19日(水曜)

  この日も平熱で、最後は薬の力ではなく 自力でしっかり

  汗をかいて、それを微(シルシ)に、元の自分に戻って
  
  いました。

  薬の力も凄いけど、 人間の体の仕組みって 精密で、バランス

  のとれたものなのですね。(^-^)

  熱は36.0から36.4℃

*3月20日(木曜)

  平熱が続いているので、夕方にシャワーと頭髪をシャンプー

  しました。やっと人間に戻った気がしました。

*3月21日(金)

  この日は待ちに待った採血検査の結果が出ました。

  このオペをする前の血小板の数は8万個でしたが
  
  これがなんと、一気に21万個まで

  上がっていました。

  すごいです。

  病棟の担当医さまとおもわず、手を取り合って

  喜びました!

  やった甲斐があったな〜。
 
  医学の力は凄いですね。

  これで本来のインターフェロンの治療に入れます。

3月24日(月曜)

  この日の検査で、血小板が23.8万個まで増えて
 
  いました。

  この日は都内の半蔵門まで地下鉄を使って外出も

  出来ました。

3月25日(火曜)

  主治医の先生と退院後の治療計画を話し合いました。

  オペの目的であった血小板も順調に増加したので

  インターフェロンとリバビリンの2剤式治療は4月から

  始めることが出来ますが、今年8月からこのTM病院では、

  第三の新薬「たんぱく質分解酵素阻害剤」の治験が

  始まります。

  ということで、私はそれを是非やりたいとお願い

  しました。

  ******

  2剤式の治療ではC型肝炎ウイルスの完全治癒率が

  50〜60%なのに対して、この3剤式では70〜80%に

  20%も上がるという情報を友人からもらいました。

  ******

3月26日(水曜)  

  目的を無事達成して、退院することが出来ました。

  これはまだC型肝炎治療の始まりです。


<終わり>

  
 
  
    




  

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして(^-^)v

『C型肝炎』で検索したら、而今さんの
ホムペに辿り着きました♪”

“而今”。。。
すごく、いい言葉ですね(*μ_μ)☆”
私は今、心の病気もあり、もっと早くに
この言葉と、言葉の意味を知っていたら
何かが変わっていたような気がします。。。

コメをかいたにですが、
何かの言葉が禁止されていてコメが
できませんでした。。。

また来ますね♪”
薬に負けずに頑張ってください('∇')/
プー
2008/04/08 17:09

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